「応仁の乱 – 戦国時代を生んだ大乱」を読んで

30万部を越えるベストセラーだと言うので

「応仁の乱」ブームといってもいいのかも知れない。「応仁の乱 – 戦国時代を生んだ大乱」が、30万部を越えるベストセラーになっているそうなので、自称日本史研究家の自分としてはぜひ読んでおこうと思い、ヤマダ電機の本屋で買い求めた。
自称だけあって、日本史にも時代的な好き嫌い、得手不得手がある。一番好きなのはやはり「戦国時代」と「幕末」になるだろう。最終的に江戸幕府や明治維新を成し遂げるという勝敗のはっきりした展開であり、サクセスストーリー的な要素もあり、その中でクセの強いキャラクターたちが活躍するのだから、単純にわかりやすくて面白いのがその理由だろう。戦国時代を例に挙げれば、徳川家康、豊臣秀吉、織田信長などの中心人物をはじめ、武田信玄、上杉謙信、毛利元就といったメジャーなライバルたち、メジャーじゃないライバルたち、それぞれの家臣、商人、町人など、その時代を生きてきた様々な人々の目線で描かれた作品も多いので、バリエーションが豊富で飽きが来ない。
「古墳時代」から「平安時代」にかけての古代史は最近まで好きではなかったが、井沢元彦氏や関祐二氏のおかげで好きになれた。「古事記」や「日本書紀」はどうせ神話(作り話)だろうと思って興味がわかなかったし、貴族たちが権力闘争を繰り広げているだけの印象がある平安時代も、陰湿で地味な感じがして好きになれなかった。しかしそこに「藤原氏」という悪役を登場させて説明することで、古代史がこんなにもわかりやすく、そして面白くなるのかと思わせてくれた関祐二氏には、とても感謝している。ただ、これまでの著書はあらかた読んでしまったし、最近は関氏の新作をあまり見かけないので、読む本が無くなってしまったのが残念だ。
そんな中で「応仁の乱 – 戦国時代を生んだ大乱」に出会ったのだから、新たな視点で古代史を好きにさせてくれた関祐二氏のように、この本を読んで「応仁の乱」って実はこんなに面白い闘いだったのかとワクワクさせてほしかった。
結論から言って、その願いは叶わなかった。「応仁の乱」自体が勝敗のはっきりしない(一応は東軍の勝ちではあるらしいが)戦であり、登場人物たちも小物ばかりで魅力に乏しい。「応仁の乱」と言えば日野富子をすぐに思い浮かべるが、それほどの悪女でもなさそうだ。つまり戦の始まりから終わりまで全てがグズグズであり、「あれ、戦なんか本当はしたくなかったのに戦になっちゃったよ。あはは、そのうちに長い大乱になっちゃったよ。と思ったら何となく終わっちゃったよ。はいジャンガジャンガジャンガジャジャ〜ン」という、まるでアンガールズのコントのような戦、それが「応仁の乱」ではないだろうか。

応仁の乱とは

「応仁の乱」とは何かというのを結局自分は理解できなかったので、その概略をウィキペディアからコピペさせてもらった。

応仁の乱(おうにんのらん)は、室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1477年)までの約11年間にわたって継続した内乱。室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏の家督争いから、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展し、室町幕府8代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国に争いが拡大した。明応2年(1493年)の明応の政変と並んで戦国時代移行の原因とされる。十数年に亘る戦乱は和睦の結果、西軍が解体され収束したが、主要な戦場となった京都全域が壊滅的な被害を受けて荒廃した。
応仁元年(1467年)に起きたことから応仁の乱と呼ばれるが、戦乱期間の大半は文明年間であったため応仁・文明の乱(おうにん・ぶんめいのらん)とも呼ばれる。

ん〜、難しい。「応仁の乱 – 戦国時代を生んだ大乱」を読み終えた自分でさえそうなのだから、興味ない人にはチンプンカンプンかも知れない。本を読んでもさっぱり頭に入ってこない状況の中で、自分が理解できた「応仁の乱」のポイントは以下のようなものである(解釈が間違えているかも知れないけど)。

  • 「応仁の乱」という名がついているものの応仁は2年しかなく、「文明」に改元された後も9年戦が続いている。
  • 西軍の総大将が山名宗全、東軍の総大将が細川勝元と覚えておけばいい。
  • 西軍が陣を構えた場所が「西陣」と呼ばれるようになった。
  • 形式上、東軍が勝った。
  • この戦で足利幕府の弱体化がさらに進んだ。
  • 幕府を見限った守護たちは、自分の土地を自らが守るべく領地に帰っていき、戦国大名となっていく。
  • 日野富子は蓄財をしたが、それが幕府の資金源にもなっていた。

この戦にたぶん勝者はいないし、たぶん得をした者もいない。支配階級も武士も市民も、ただ疲れただけ。自分もこの本を読んで、ただ疲れただけだった。でもまた機会があったら、応仁の乱関連本を読んでみようかな。自称日本史研究家と言えども、「応仁の乱」に関しては初心者なのだから。そのうち関祐二氏あたりが「応仁の乱は藤原氏の陰謀だった!」などという新たな仮説をもとに面白く解き明かしてくれたらもう少し興味が出るんだろうけど、さすがにそれは無いかな。

今年もお世話になりました

早いもので2017年もあと一ヶ月となりました。2017年は、自分にとって大きな変化の年でした。引っ越し、娘の結婚、母親の2回の救急搬送……そのへんは1月号の「今年の漢字」(予定)で総括するとして、ほんとに大変な年だったということだけは愚痴っておきたいと思います。また、来年早々にはこの場を借りて新たな発表もできるでしょう。来年はぜひ、いい年になってほしいものです。手離れがよくて簡単でやりがいがあってギャラが高額なお仕事がありましたら、ぜひ岡野デザイン事務所へご依頼ください。